≪ 施術者紹介 ≫
こんな顔したのが皆さんをお待ちしてます。
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落合 隆 (♂) 1966〜
O型 サソリ座
凝り性のくせにナマケモノ
カイロプラクター
養蜂家
ログハウス・ビルダー(気分だけ)
このサイトの製作者であり管理人
趣味:
アウトドアスポーツ (登山、キャンプ、シーカヤック、焚き火等)、読書
好きなもの:
生ビール およびそれに合うつまみと仲間と雰囲気、未科学的領域、自然な状態
嫌いなもの:
白衣!(見ると緊張するから、させるから)
「勝ち組」「負け組み」「非科学的」という言葉
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1966年 福岡市西区(現在は早良区)で生まれる。
目がなかなか開かないので親を心配させるが、医師の診断で単に目が細いだけということが判明。 周囲を安心させる。
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1983年 本屋さんでたまたま見つけた自転車雑誌「サイクルスポーツ」で1回目のウロコを目から落とす。 “とにかく遠くへ行きたい病”に冒され、夜ごと地図を見て妄想を膨らませる“妄想族”に。
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1985年 福岡大学法学部(呆楽部?)に入学。自転車に家財道具一式を積んでの放浪が始まる。 野宿で日本全国を旅して回る。様々な種類の人間と出会った北海道で2回目のウロコを落とす。このころからオーストラリア大陸を自転車で縦断したいと思い始める。TVのCMで見た真っ赤な砂漠とエアーズロックに目を奪われたのが動機。
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1990年 1度は会社勤めを始めたものの、オーストラリア大陸への夢をあきらめられず退社。 プー太郎になる。(当時はフリーターなんてお洒落な?言葉は無かった。) いろんなアルバイトをしながら資金を貯める。また体力をつけるためのトレーニングにも励む。
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1991年 子供野外活動のボランティアに参加するため夏の北海道へ。そこでログハウスの建設に関わる。 自分も将来ログハウスのオーナーになりたいと思う。というより決める。
この年の秋、遂に自転車によるオーストラリア大陸縦断の旅に出る。猛暑と想像を絶する乾きにヘロヘロになりながらたどり着いたエアーズロックのふもとで、キレイな身なりの2人のオーストラリア人と知り合う。砂漠の真ん中にヘリコプターに乗ってやって来た彼らの職業が“カイロプラクター”と聞いて非常に興味をそそられる。冬、無事帰国するも日焼けを通り越した“こげ具合”で日本人とは思えない姿に。
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1992年 オーダーメイド補聴器のメーカーに技術者として入社。 購買層の大半を占めるお年寄りと接するうちに健康の重要性を強く感じる。また、「寂しくない老後を過ごすには?」と、およそその年齢にふさわしくないことを考えるようになる。この時出した答え、「なんだ、定年が無かったらいいやん。」
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1999年 残業が無いのをいいことに、カイロプラクティックの勉強を始めようと決意。 博多の紀伊国屋書店で専門書を探す。ここで運命の本と出合う。“上部頚椎の調整のみで不思議なことに体は健康を取り戻してゆく”という内容に3度目のウロコを落とす。俄然ヤル気になり、会社の近所にあったAKカイロプラクティック学院に入学し、仕事帰りに通いだす。しかしここは骨盤が基本という、いわゆる普通のカイロプラクティックで、自分が求めていたものとのギャップに戸惑いを感じる。
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2000年 ついに上部頚椎専門のスペシフィック・カイロプラクティックと出会う。
何か釈然としないものを感じながらも、趣味の延長のような感じで骨盤基本のカイロプラクティックの施術を始める。そんな時、知り合いから上部頚椎専門のカイロプラクティックの先生を紹介され、頻繁に話しを聞きに行くようになる。あまりの頻繁さ加減に先生から「学校でも作るから来る?」というお誘いが。かくしてアトラス生命力学院に第1期生として入学。上部頚椎の勉強にのめり込む。
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2001年 学院に通いながら大野城市に自分のオフィス「ナチュラルセラピー サンクス21」を開き上部頚椎のみの施術を始める。 この頃、「3年後には移転して、将来的にはログハウスで仕事をする。」と周囲に日本の楽器を演奏(ホラを吹くともいう)してまわる。
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2002年 アトラス生命力学院を卒業。
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2004年 太宰府市に移転。それにともない屋号を「健康工房かんぜ」に変更。現在に至る。
ホラは吹いてみるものです。ログハウスが建っちゃいました。屋号の“かんぜ”は現住所の観世音寺と衆生救済の菩薩である観世音菩薩からとって命名。といっても私は仏教徒ではありませんし、あらゆる宗教団体またはそれに準ずる思想団体には属しておりません。これからもそれは無いでしょう。
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2007年 TVで紹介される。
FBS 「めんたいワイド」で紹介され、テレビの影響力の大きさを思い知らされる。真面目な番組作りにより、スペシフィック・カイロプラクティックの認知度がが少しは上がったかな?
スタッフの皆さん、ありがとうございました。
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2008年 研修のため渡米。
スペシフィック・カイロプラクティックの聖地、シャーマン大学でセミナーを受け、解剖室で人体の構造を学ぶ。パーマー大学や現地のクリニックを見学しパワーアップ!して帰国。収穫の多い10日間だった。
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